とにかく痛い!でも翌日からすっきり爽快。揉み返しがほとんどない不思議な整体院

美容整体&トータルフェイスアップサロン リリバリボーテ

 070-6579-9723

営業時間・情報

AM 11:00~PM 20:00
(木曜日はPM14:00~20:00までの営業)
火曜休み
完全予約制 男性可

カウンセリングオフィス 水蘭 スピリチュアル ブログ

今の時代は特別厳しいのか。時代のせいにして生きることとは

投稿日:

 

わたしは、常々この時代に生まれなかったらもっと楽しかったのではないかと妄想していた。

どうでもよい法律、どうでもいい常識、どうでもいい世間の目、どうでもいい慣習…挙げればきりがない。

この時代に生まれたせいで、、、というフレーズは何度か耳にする。少なくとも、わたしが小さいころの昭和時代はなんというか本当に今よりも自由だったし、みんながもう少し余裕があったし、物質的に便利ではなかった分、今よりもいろんなことに時間が掛かって、緊張したり、ワクワクしたりといったことがあった気がする。

 

だからそのフレーズを聞くたびに、わたしも(本当にそうだ)と、心の中で思っていた。

 

しかし、昔のわたしの記憶の一部分だけかいつまんで、いい時代だったと断言できるほど、その時代が果たしていい時代だったのか、大人になったわたし自身が経験していない分、全く分からないことである。

 

色々な書籍を読んでいると、その時代時代でこんな時代は嫌だった、などというフレーズが飛び出してくる。今も昔も考えることはだれでも一緒だ…悩んでいることも苦しんでいることも、きっと時代背景が多少違うだけで、金がない、夢が実現できない、自分は生きる価値無しと思い、人と自分を比較して妬んだり嫉んだり恨んだりしている。

 

 

 

自分たちが理想とする社会を描き、それを実現できそうな時代に思いを馳せることは悪いことではない。

 

だけど、人は自分の抱く理想を強く抱きすぎると、現実と自分の理想の間で苦しみ、その苦しみのために今の人生を途中で投げ出してしまうことがある。理想を高く持つことの最大のデメリットは、人と自分を比べることである。

 

我々が生きているこの世界には、時代とは関係なしに永遠と存在するものがある。

それは、天と地である。

 

天は、宇宙を営む偉大な力であり、この力は包容力と無限の変化と可能性を秘めたエネルギーである。

地は、限られた存在であり、また固定的なエネルギーである。

 

安岡正篤の書物の一文に

「天を知り命をもってその中から自己を発見し、自得すること」

 

とある。

命とは、煩悩のままの人間ではなく、自己の生活というものに絶対的意義を獲得した尊い人に付けられるという。

 

つまり、命名とは

「絶対的意義があり必然価値があるものに付けられる名」という訳であるそうだ。

 

わたしたち人間にはそれぞれ名前が両親から与えられた。

その名前ひとつとっても、気に入る気に入らないはともかく、ただの物質だったわたしたちに、命が吹き込まれた瞬間である。

 

それぞれの人間が、今、この世の中に生まれ落ち、そうして同じような痛みや苦しみを共通して味わっている。人それぞれ痛みや苦しみ、悲しみの内容は違うけれど、その人それぞれの痛みや苦しみや悲しみの痛みは一緒だと思う。

 

 

わたしたちは本質的に、自分という人間を他人と比較することなくその苦しみや悲しみや痛み、喜びの中から自分を発見し、自分を見つめ、自分という存在を認め、自分とひとつになるという目的があり、残念ながら現実という意味がある大地にきちんと足をおろし、自分の力で歩いていけるようになっていかなければならない。

 

自分の力で歩いて行けるためには、自分を知ることである。自分が意味のある人間だ、生きるに値する人間だ、やるべきことをやるために生まれてきたと理解することだ。

 

そうするためには、悲しいかな自分の一番つらい苦しみや痛みや悲しみと思いっきり向き合うことでしか、わたしたちは現実と理想を抱えながら生きていくことは非常に難しいのである。

 

そうして初めて天(偉大なる創造変化、偉大な包容力、無限の変化性)と命(自分の存在の絶対的意義を認める)と重なり、わたしたちの本当の天命というものが発現される。

 

本当の天命は自分が自分自身と歩み寄らなければ見つからない。

わたしたちが変化をするために抱えている恐れや恐怖心は、本来無限に包容力のある天のエネルギーと繋がることで解消される。それが自分の痛みと苦しみと向き合うということであり、その中から必ず暗闇の先に見える希望の光が見えて、本当に救われた気持ちになる。

 

その真っ暗な闇の中に見えたひとつの光が天なのだ。

 

そうして悲しみや苦しみをひとつひとつ昇華させていくからこそ、人格的に清い人となり、人の痛みがわかり、無限の包容力を得て、天命として生きる術を与えられるとしたら・・・。

 

それが一つできるようになれば、わたしたちはどのような時代に生まれ、どのような時代に育ち、いかに厳しく、いかにつらい時でも、その時代のよいところをみつけ、自分がその時代に生まれた意味を見出し、軽やかに生きていけるようになる。

 

そのような人になるために、わたしたちはこの時代に生まれ、そうして生きているのだと腹をくくってみんな生きていけばいい。

 

生きることは苦しいことのほうが多い。しかし、苦しみの中にある自分の姿を見つけたとき、その苦しみは驚くほど軽やかに、自分の思い描く自分の姿とは違う形をして自分を驚かせる。

 

自分を好きになること、自分を認めることというのはすぐにできることではない。

だけど、苦しければ苦しいほど自分というものを間近に感じ、自分という存在を見出してほしがっているサインだからこそ、より自分という存在を見つやすいのだ。

 

今生きにくいのは時代のせいでもなく、誰のせいでもなく、自分が自分に嘘をついて苦しんでいる姿である。

その苦しみから自分が解放されることで、この世界で生きることは少なくても今よりずっと楽になる。

google

google

-カウンセリングオフィス 水蘭, スピリチュアル, ブログ

Copyright© 美容整体&トータルフェイスアップサロン リリバリボーテ , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。