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カウンセリングオフィス 水蘭 ブログ

自分で自分を癒す

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今でこそそんなことはないけれど、昔はよく自分がなんで生きているのかわからなかった。

そんなことを考えるようになったのは、社会人になってからであって学生の時なんてそんなことを考えたこともないくらい、毎日が充実(日常生活の充実感より心の充実感)していた気がする。

 

そんなときに、わたしは振り返ればひどい精神疾患を抱えたまま10年近く生き、ある時にどうしようもない状態になって、いつの時からかずっと、盲目的に行き詰まったらアメリカに行くことを決めていたわたしは、念願通り(?)アメリカに行き、デスバレーという土地で強烈に癒されて、向いていない会社務めを辞めることにした。

 

それからというもの、わたしは自分を癒すために占いにはまり、お金がもったいないという理由で占いを勉強し、鬱などの精神疾患について調べ、仏教やキリスト教などの宗教哲学や心理学などを気が済むまで勉強した。

 

その時のわたしは、≪勉強している≫という時間が必要で、すべてのことを理解するのには時間が掛かった。

 

この仕事を始めて数年間は、まだずっと起伏の激しい状態が続き、生きるのが面倒で死にたいと思うことが多々あった。

 

しかし、それはただ、わたし自身が満たされていないから起きるものだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。

 

わたしのところにカウンセリングで来るお客様もいる。

しかし、悩みは複雑で一見答えがなさそうなものであるけれど、突き詰めるとたったひとつなのだ。

 

満たされていない。

 

ただ、これだけ。

 

この満たされていない自分に気がついた時、人はやっと変わるために動き出す。

満たされない原因はさまざまであるけれど、人は、誰かに愛されたくて生きているのだと実感させられる。

 

愛は、皆が皆欲しがっているものである。お母さんに愛されること、お父さんに愛されること、家族に愛されることなど以外にも、旦那や妻、彼氏や彼女、友人や知り合いなどに愛されること、認められることなどである。

 

愛情が欲しくて欲しくて仕方がなくなると、無意識に愛情をもらうためにしている行為が自分を苦しめたり、他人を苦しめたりしている。そういうことをしている自覚など一ミリもないのである。それでも、わたしたちはなぜ、みんなが自分を愛してくれないのだと悩む。人は、自分の行動がおかしいと思うことなど、ほとんどないのだ。

 

欲しがって、欲しがって、人が持っている愛をもらってばかりいると、その愛する人は与えることで枯渇してしまう。もちろん、愛情ない人が与えるときも一層早く枯渇するのだ。そして、そんな人を見ている自分も苦しむのである。

その愛する人も、人一倍愛情がほしく、自分も欲しいからお互いに苦しむのである。

 

 

お金をもらう手段はたくさんある。一生懸命働いて稼ぐこと以外に、楽に手に入れる方法として泣き落とし、脅迫、切迫した状況、、など様々である。

 

お金が欲しい人がたくさん持っている人にたかる、するとたくさん持っている人は逃げていく。お金のない人にたかる、それもまたすぐにげる。

当たり前の構図だけれど、それと同じことをわたしたちはクレクレと、精神的にも行っている。お金と愛情がリンクするとは考えないけれど、自分たちの大事なものを搾取されるつらさを表現するには一番ふさわしい。

 

誰だって、簡単に自分の大事なものをおいそれと手放しに渡したりしないだろう。簡単に渡すとしたら、お金以外に満たしてくれた何かを与えたときである。

 

そういう単純な構造と同じように、わたしたちは目に見えない、けれどとても大切なものを闇雲に求め、時には搾取し、時には奪い、時には脅す、そういうことを実は行っている。

 

お金を稼ぐのが健全と言われる理由は、自分の持っているスキルや自分自身を会社に、社会に与えるからである。

 

自分の持っているものを与えないで、ただ闇雲に奪ったり、泣き落としたり、恐喝したりすることが不健全である理由はそれである。

 

 

 

大人になっても、両親との愛情の問題が大きく影を落とすことが多い。自分の人生に愛情が枯渇していることに気がつかないで、むやみやたらに苦しみ、それを死ぬときまで抱きしめたまま死ぬ人もいるだろう。

 

そういう大人が多くなると、子供に愛情を求めたり、逆に愛情を与えることをせず、感情を押し付けたりしながら、コミュニケーションがうまくいかず、お互いが誤解しあい影を落とす。そうして今なお苦しんでいる人たちは多い。

 

わたしたちは、与えれば与えるほど自分の欲しいものを手に入れることができるという。

仮に、この世界がギブアンドテイクだとしたら、不健全にもらっていたものを返すことはできるだろうか。

 

いや、借金の問題がある通り、返済するのは至難の業である。返すことは与えるよりも労力がいることだ。本当は、そういう単純なことなのだ。

 

欲しがるよりも与えること。愛されるよりも愛することでわたしたちはすこしづつ豊かさに近づいていくのである。

 

自分の理想通りではなくても、与えられるために愛することなのである。

 

キリストの言う、

与えなさい。そうすれば、自分も与えられる

とは、宗教的な言葉だけの意味ではなく、現実に与える苦しみが、返ってわたしたちを豊かにし、悩みを少なくさせ、与えられたものを返す苦しみよりさらに幸福になる福音である。

 

そう考えてみると、自分を自分で癒すためには、誰かを愛し、なにかを愛し、自分の持ちうるなにかを与えることである。

 

そして、その過程における苦しみは後々、わたしたちの心を大変豊かにさせる。

後でたくさんもらうことを期待しても、したことや誰かに期待さえしなければ。。

それはわたしたちにとってかけがえのない、お金には変えられない大切なものがある。そういう大切なものが見失われがちになっているけれど、本当はわたしたちには想像もできないくらいたくさんあるのだ。。

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