霊的目覚めを目指すために必要な体の使い方 前章

霊的目覚め目指すための体つくり

霊的目覚め目指すための体つくり

わたしのことを知っている方ならわかると思いますが、わたしは変なおばさんです。そしていきなり激しくこのご時世にスピ前面に出してきたことをまず説明せねばなりません。

 

10年ほど整体業を続けた傍らでYOGAと仏教の思想に没頭し、常々哲学を重ねてまいりました。しかし、昨日ブログに書きましたが、わたし自身のことを占った結果このまま整体を続けていると死ぬと占いに出ていて、整体師と言う仕事の過酷さを身に染みたのと、得体のしれない恐怖感をずーっと抱えてメンタルが死んでる!ヤバすぎる!となったのが今年に入ってから8月にはコロナにかかってすぐのこと。

 

わたし自身は心身ともに疲れ果ててしばらくお店を畳もうかと、そう決意していたのです。

 

なので、掛け持ちで仕事を始めましたところ、自分が死に至るという状況よりもわたし自身がメンタルやられる状況で、「あー、もう逃げ道がない。。。どこにも逃げられない」というどんの底。言ってみれば肥溜めに落ちて窒息死するような恥ずかしい状況で、追い込まれ、わたし自身本当に死にたくて死にたくて仕方がなくなったんです。

 

そんな時にまた逃げ道を探していたところ、わたしはたまたまネットで本が目に入りました。

 

それは、5年前に行ったヨガの本山博先生のヨガの本だったのです。

わたしはそれを持っているにもかかわらず、教えてもらったことも忘れて放置してました。でも、この本をこのタイミングで読んだということは何か意味がある、と思いむさぼり読み、するとすべての言葉が頭の中に全部入ってきて雷が落ち涙が出てきました。

 

そして、思い出したように瞑想を始めるとわたしの頭にはきれいな金色の光が漂って、

「やっと戻ってきてくれた」

という声が聞こえてきたのです。

 

その声を聴いた時に、わたしは自分のしていたことが恥ずかしくそして過去の自分がどれだけ汚れていたかを身をもって知ることになり、人間は思想や知識だけではだめで、体を動かしてエネルギーを動かさなければいけない、と自覚したのです。

 

そしてわたしがこの職業をしながら長生きするためにはどうすればいいかもすべての答えがこの本に書いてあったのです。

 

それが、霊的目覚めです。

霊的目覚めとは、スピリチュアルな人になりなさいということではなく、」人間性を限りなく高めなさいと同意だとわたしは考えています。

 

その人間性とは、偶像的にはブッダであり創造的には神仏といった具合です。

 

その方法がわたしたちには既に与えられていて、あとは身体をどのように使うか、心をどのように使うかだけの状況です。

 

仏教の教えとヨガの哲学を学び、わたしははじめてこの哲学の意味がすべて心にすとんと入ってきたとき、わたしはそこから気が狂ったように毎日4時ごろには目を覚まし、ヨガをし、瞑想をする毎日を送ってみています。すると、わたしがあれだけ心がボロボロで気が狂ったように沈んでいた気持ちが嘘のようになり、自分が理解した世界が眼前に広がったときに、こんなことなら最初からやっときゃよかったー--( ;∀;)と、自分の愚かさと自分のエゴイストな部分のふたつを垣間見て、そこから這い上がっていく自分の姿をあの時教えてくれた先生方に見てほしいな、と素直な気持ちになれたのです。

 

昨今は、大災害がやってくることや天変地異やコロナ、戦争などの非現実的な現実が眼前と広がって、自分の生き方がよくわからなくなってしまいます。わたしはその時のわたしを思えば、体を動かして今できることをやるだけで、自分の人生が180度変わるということを身をもって感じ、そしてそれを教えてくれた本に素直に従い、霊的目覚めに向かって覚悟を決めて没頭することにいたしました。

 

その経験と、体のことを私が知り得る限りの情報と、治療に関わることをこちらのブログでは書いていきます。

 

 

また、心や瞑想に関してのことは

ヨガと仏教の哲学で霊的目覚め(量子の目覚め)を自覚するブログ というアメブロで書いていますが、このブログを読むとわたしの精神状態がどのように変わっていったのかよくわかると思います(笑)

 

長くなったので、この話はおしまいにしますが腎臓と心の関係や筋肉がどのように影響を与えるかを次には書いてきたいと思います。