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【全てのことには意味があるシリーズ】僧侶の戒律に禁欲がなぜあるのか

投稿日:

僧侶には戒律がある。

主な厳しい戒律は

  • 飲酒
  • 男女の交わり
  • 嘘をつく
  • 殺人

 

これらを制限します。

殺人はともかく、嘘をついたり飲酒したりすること、セックスすることは時として衝動的にしたくなるものですが、飲酒は酒乱など飲んだら人格が変わる、嘘をつくと人に迷惑をかける、と、理由として明確にわかりやすいのに、セックスを禁止している理由はあまり見当たりません。

 

ということで、わたしが完全な独自見解で解説します。

 

今の仏教界でまだこの戒律があるのは、おおまかに大乗仏教系の宗派です。

大乗仏教系の宗派は、密教と呼ばれる宗派であり、この密教というのは師資伝承スタイル、つまり師匠に見初められた弟子だけが受け継ぐことができる秘伝を修行する宗派になります。

 

この密教は空海の真言密教をはじめとし、天台宗にある密教、今でも厳しい曹洞宗などがあり、元は中国から伝承されたものではありますので、チベット密教などまだ残っているものもありますが、身近な物でインドではヨガを利用した呼吸法での方法なども本来は密教の伝承物に当たります。

 

これらの宗派は、人間の五感を最大に覚醒し、悟りを開くことを目的とし、修行をすることで会得できる経典の法がいくつもあります。それらの修行の中で、五感を覚醒させ、悟りを開くことに支障が出る場面を戒律とし、制限させたのが主な理由と感じます。

 

先日書いたこの子宮のエネルギーについての内容に記載した通り、この記事上は子宮を刺激すると性欲が高まることを記載しましたが、男性にも性器で女性器に触れることでエネルギーの交換をすることになります。

 

男性のチャクラのエネルギーが強ければ支配的に(女性側がして欲しくて仕方がなくなる)、女性のチャクラのエネルギーが強ければ骨抜きに(例:木嶋佳苗)といったように、実は自分の持ち物が男性女性問わず狂わせてしまうほどの素材を持っていたら、このチャクラのエネルギーのネガティブな部分である、霊的に支配される、(セックスした相手の心持が悪い)悪霊に取り込まれやすい(相手のネガティブを取り込みやすい)などという現象を引き寄せやすい。

 

しかし、そういうものを持っていないにしろ、セックスというのは気の交換方法であり、相手とセックスしたことにより気の交換が行われる際に、邪念を刷り込まれ性に溺れやすくなる。

 

それを対処できるくらい清浄な心であれば、セックスをしたところですぐに清めることができますが、そうはできません。

 

性欲は欲の中でも制限するのが難しい欲のひとつです。未熟な修行僧には欲を抑える、それができません。そういうことを理解した仏教祖は、そうした人間の欲や業を理解できない弟子の為に、あえて厳しい戒律をもって制限させ、伝承していたと考えます。

 

 

とはいえ、天台宗のHPにはすでにそこまでの戒律をしているような記載しておらず、寂聴さんは戒律を守らず、作家としての家業を優先していますので、修行して悟りを得るということよりも自分自身が自分を許し、人と触れ合うことで苦しみを解放させる道を選んでいる人もいますし、千日回峰行をやり遂げた酒井大阿闍梨や塩沼大阿闍梨のように修行に励み、現世に活かす人もいます。

 

今の時代に最も戒律に厳しい宗派の修行場は曹洞宗の永平寺だと思いますが、曹洞宗の修行は座禅による瞑想を主な修行としています。

 

この瞑想を用いた修業は非常に大変。テーラワーダ仏教などもビパッサナー瞑想を取り入れていたりしますが、これが内観作業が大変です。目をつぶって最初どれだけじっとしていられますか?5分も持たないと思います。

 

経典の教えは数々あり、仏教全般に言えることは、この経典は自分のところが正しいですよ、ということに対して学び、それがブッダの言葉であると信じ修行を続けること。

 

禅宗の場合はそれに伴い、瞑想を続け、内観し続けていくとブッダと同じように悟りを開くチャレンジがはじまる。

 

永平寺の修行僧の話を体験で永平寺に行った人のブログを読む限り、怒らず、笑わず、感情を表さずの修行を365日続けており、毎日の行動全部が瞑想状態。それらの所業をさせるためには、欲を排除させないと無理!と思うし、人間的に驚くほど一目見て心が美しいのがわかるくらい、すごい人は研ぎ澄まされているという。

 

これは、自分の欲に支配されず、ただ今を感じていないと無理なのです。

本当の悟りってそういうことなんですよね。

 

ひとりの人間として、悟りを開くことは清浄でいられる強い力が必要。永平寺の修行の厳しさを見て、修行するという覚悟を決めた人たちすごいなと思いますよ、ほんと。

 

 

ということで、本当に悟りを開く覚悟がある人は戒律を厳しく守り、自制し修行に励んでいる。

ただ、人それぞれの生き方は僧侶によって違うから、その時々で破戒僧になったり、いわゆるひどい生臭坊主だったりするけど、それはどの世界でも同じこと。すごい僧侶は必ずいる。自分に厳しい僧侶と出会いたい。

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