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【ブログ更新しました】ネットもテレビも仮想世界。私って本当は死んでいた

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少し昔の話をします。

今のような定額ネットがはじまり、わたしは当時出たばかりのFFのネトゲーにはまり、現実の世界とは異なる世界にどっぷりはまってしまい、廃人同然の生活をしばらくしていました。

 

ゲームの世界から離れるとわたしはごくごく普通の人間で、戦って褒められるわけでもなく、誰かと共闘して勝利を勝ち取った喜びを共有する相手もなく、現実というのがまるで無機質な部屋のように、周りにいる人たちがみんな壁に並んでいる飾りのようなものに見えてきたときに、あ、これではいけない。と、ゲームの世界を離れて、また現実の世界で戦うことにしたのでした。

 


現実で戦うということは非常に難しいことです。ネットの世界では死んでも何度でもやり直しのきく世界です。

 

現実で死ぬこととは再生できないことを意味します。

でも、実は一番恐ろしいのは本当に死ぬことではなかったのです。

 

自分が認められていない、自分が社会の役に立っていない、自分が何かを変える勇気がなく、その勇気を持つことは死ぬことよりも恥ずかしく、自分を奮い立たせ、人と対峙してまでも自分というものを信じ切るということができないことであることを目の当たりにしたことに対しても同様の意味を持っていたのです。


 

 

ネットではまとめサイトが流行りだし、そこから一気に政治経済の近況を一方の視点から書き記したまとめに夢中になりました。

 

○○が税金を払わず、逆に搾取しているだの、○○が政治介入しているだの、誰かを悪として日本という国の尊厳を守りたいようなフレーズに、一時期熱狂的に信じ、わたしはどんな人が来るのか興味だけで参加をするつもりなく、国会にデモをするということで集まっている人を見に行ったのです。

 

わたしは興味につられて国会まで見に行くと、そこに集まったのはほんの数人、あれだけ書き込みが熱を帯びているのに、実際に動く人はごくごくわずか。また、そこに集まる人たちはガチの政治団体。リアルに声をあげている内容を聞くと、呼び込みとは関係ない内容を連呼し、ああ、現実とはこういうことか、、と、その時にはっきりしたのでした。


 

スピリチュアルが流行り、わたしは弱さ故に一時期同じ過ちを犯しました。

ネット上の言葉を鵜呑みにし、ノストラダムスの大予言の1999年、その年に震えて過ごしたように311がやってきたその頃、このままだとわたしたちは救われない、という言葉に脅かされ、世界を変えなければならない、同じ同志がたくさんいるのだと思ったのです。

 

しかし、わたしが見た、わたしが信じた方向にどれだけの人が動いたか、当時の選挙の行方でどれだけの人が支持しているのかを知ることができる、そう思い動向を伺っていた私は、その人数の少なさに愕然としたのでした。

 

そう、やはり自分の見ているネットの世界にはわたしが思っている以上に現実には動く人がいない。

わたしはその時によくわかったのです。

わたしは現実の世界で死んでいた

わたしはそのネットの世界に居場所を求めていたのでした。わたしが声をあげなくても、誰かの声に賛同すれば、みんなが動いてくれるような錯覚があったのです。現実の世界がうまくいかないから、自分が現実で死んでいるから、ネット上の世界で一生懸命生きようとしていたんだと確信したのでした。


情報というものは自分の頭の中の世界の中で繰り広げられる『仮想』であり『理想』になるものです。

自分の世界にあるものが”可”、ほかの情報は”否”である

こういう風に考えてしまうことは、ひどく恐ろしいことです。

なぜならば、可否というのはわたしたちそれぞれの頭の中にある『仮想の世界』で構築される産物だからです。

 

 

現実は仮想の世界のように簡単ではありません。

ネットやテレビの世界と本当に対等にするためには、わたしたちは現実に動かなくてはいけないことがたくさんあります。知らなくてはいけないこともたくさんあります。また、その意見に同意する限り、現実で自分が動かなくてはいけないこともたくさんあることをわたしはその時々で思い出しました。

 

自分が動かなくても誰かが動いてくれる、それを扇動するだけの人たちがいくらでもいるということ。。

 

今、わたしはやっと色々なことがわかってきて、すべての物事を客観的に見ることが何とかできるようになってきましたが、昔のわたしのようにうまくいかないことを理由に、何かに依存したり、やみくもに賛同したりすることで本来自分に必要のない思い込みのせいで苦しむ人もいるのだと思います。

 

わたしたちはほんの少しの勇気をもって、自分の人生を生きるために自分と戦うことも必要なのだ。自分と戦うということは、今できることを自分のために行うことである。自分のために行うことは、自分を信じる力をつけることである。

 

自分を信じさえいれば、情報に流されず、わたしたちは現実をちゃんと受け入れたとき、もっと大きなことができるのだと、今わたしはいろんな情報が流れているのを見て、昔のわたしを思い出し、そう思ったのでした。

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